《寄稿》2年目の「秋桜祭」展示にとりくんで

昭和女子大学 戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト

2019年11月9日・10日の2日間にわたって開かれた昭和女子大学第27回秋桜祭において、「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト─被団協関連文書─」に参加する同大学生13名が企画展「被爆者の『発見』」を開催した。両日とも晴天にめぐまれ、497名の来場者が訪れた。

 プロジェクト2年目となる今年の展示では、「NGO国際シンポジウム原爆被爆者調査」(1977 年調査)と「原爆被害者調査」(1985年調査)に注目した。被爆者の心の中にまで踏み込む2つの調査によって、被爆者の原爆体験が言語化され、社会の共有財産として「発見」されるに至るプロセスを4章構成で示した。                   

熱心にパネルや資料に見入る来場のみなさん

 第1章では、1万人以上の被爆者を対象とした1985年調査のうち、被爆者の心の奥まで踏み込む質問項目を展示し、なぜこのような調査が1985年時点で可能になったのかを来場者に問いかけた。第2章では、聞き取り形式でおこなわれた1977 年調査の生活史調査が、「健康、生活、精神」の縦軸と「被爆前・被爆時・被爆後・現在」の横軸を組み合わせた被爆者の丸ごとの人生に対する原爆の影響を調べる構造をもっており、この調査によって被爆者の実相が丸ごと捉えられたことが1985年調査につながる一因となったとした。第3章では基本懇答申(1980年)の「受忍論」から1985年調査への歴史の展開を示した。そして「原爆被害者の基本要求」を踏まえながら、「受忍論」に反論するための根拠を探る調査として1985年調査が企画されたからこそ、1985年調査は徹底的な設問をもつ調査となったのであろうと結論づけた。また第4章では1980年前後の日本被団協の調査を支えた調査チームを取り上げ、調査に込められた意図を示した。

 今回の展示では来場者を巻き込むアクティブな試みにもチャレンジした。

 まず、来場者にシールを渡し、印象に残ったパネルに貼って頂いたが、その結果1985年調査の調査項目や1977年調査の調査票が驚きをもって受けとめられたことが分かった。また岩佐幹三氏の原爆体験や濱住治郎氏ら胎内被爆者の想いについても多くの関心が寄せられた。

 次に、1977年の生活史調査の分析表を実際に手に触れていただき、印象に残った調査内容にコメントを付して頂く場を設けた。この「史料解読」の作業には、多くの方々に熱心に取り組んでいただき、1977年調査で被爆者の内面に深く触れた当時の調査員の気持ちを追体験して頂けたと実感している。

 今回の展示を企画するにあたり、私たちがこれまで整理してきた被団協関連文書の解読や、岩佐幹三氏、木戸季市氏、濱住治郎氏、𠮷田一人氏(50音順)への聞き取り調査などをおこなった。史料から歴史像を紡ぎだすプロセスでは、30回を超えるミーティングでの議論を積み重ね、展示案構成も数度にわたってアップデートし、大きく成長できたと感じている。

 こうした歴史学の手法によって、被爆者運動を歴史として認識できるようになれば、「あの日」の出来事だけでなく、原爆に向き合い続けてきた被爆者の経験を共有財産として後世に伝えていくことができるのではないかと考えている。

 末筆ではあるが、協働団体としてご支援頂いたノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会、特に栗原淑江氏、インタビューに応じて下さった被爆者の皆さまに多大なご支援を賜りましたことをこの場をお借りしてお礼申し上げる。

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