【つなぐPJ】(神奈川)5/1(水) 被爆二世の執筆家・森川聖詩さん を取材して〜「知られざる被爆二世への差別」〜


 

今回は神奈川に住む被爆二世、森川聖詩(65)さんに取材させていただきました。

森川さんは広島でお父さんが被爆されました。生まれつき身体が弱く生まれた森川さんは被爆が影響している可能性のある症状に悩まされたり、父親の被爆を原因にいじめに遭ったりした経験から次世代に残したいメッセージを一冊の本に綴り「核なき未来へ 被爆二世からのメッセージ」というタイトルで出版しました。

今回はその制作秘話のレポートです!

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森川さん出版秘話:

なんでも聞いてくださいという森川さん。

どんな質問にも答えてくださいました。

Q.本を書こうと思ったきっかけを教えてください。

A. 若い頃に一緒に被爆二世運動を一緒にやっていた友人・西河内さんからの勧めがきっかけでした。

過去に何度か勧められたときは断っていましたが、今回初めて書く気になりました。

以前は時間がなかったし、自分に書く動機もありませんでした。

当時は管理職で仕事を離れても仕事のことを考えるほど仕事が私の大きなウェイトを占めていたので。

執筆は退職した後のことです。

執筆にあたっては

・被爆二世の置かれている現状や活動について世の人々はよく知らない

・福島の現状を目の当たりにした

これが大きな動機ですね。

2016年に福島を訪ねたんです。

今なお残留放射能が強く、人が住めず、ゴーストタウンのようになっている街並みや田畑。放射線量を下げるための除染作業で削り取られた汚染土などが収納されているフレコンバッグ(フレキシブルコンテナバッグ)が至る所に積んであったりもします。放射線量が高い地域では、まだ車の窓も開けられない。

福島の問題として、被ばく(被曝)の問題、そして子孫への影響・被害などの深刻な問題があります。

原爆は、広島では上空600メートル、長崎では上空500メートルで炸裂し、放射性物質の多くが上昇気流で舞い上がり、成層圏近くまで上昇して拡散しました。だから広島や長崎は、土壌などの長期にわたる大量汚染を免れたと考えられます。

これに対して、福島原発事故は、地上で起きたものであり、事故周辺地域の土壌が放射能汚染されているため、そこでは、放射線量が長期にわたって高い状態が続いているわけです。

このため、「被ばく者とその子孫」と言っても、その子孫もまた同時に直接の被ばく者でもある…、そうしたことが今後も進行していくことになると考えられます。極めて深刻な事態です。国民全体で共有し、問題・被害への対策・施策を講じていくことが大切です。

ただ、このような認識は、私が原爆被爆二世だからこそもったことで、あまり着眼も認識もされていないと思います。

そのことに強い危機感をもつとともに問題の共有化を図る使命感を感じました。

さらに、この思いを後押ししたのが横浜の少年の新聞記事です。彼の福島から避難してきていじめを受けて死のうとまで思った、という話が自分の幼少期のできごとと重なりました。

 

これまで被爆二世の健康・生活・差別の問題は、あまり知られていなかったし、あるとしてもほぼ1000~2000字程度の体験記集くらいしか見受けられません。

———文章に残さなければ…、そう思い立ちました。

執筆活動をするには多くの二世のことを知らなければいけない。

そう思った時、関東被爆二世連絡協議会を立ち上げた時から多くの被爆者・被爆二世を知っている自分がいる。自分の体験もありながら、多くの二世に共通するところも知っている。

そんな自分だから伝えられるメッセージがあると思いました。

Q.出版までの道のりはいかがでしたか?

A. 執筆期間は1年間です。

とは言っても書き出したときは忙しく、同時並行で広島に通って伝承者になるための養成研修を受講したり、その関係のパワーポイント作成のための勉強が必要だったり、母親のガンが発覚したりしたので遅々と進みました。

そのあとは3〜4ヶ月で一気に書き上げました。

執筆していると体調が悪くなります。

子どもの頃からの闘病のことや、差別を受けていじめられた経験などを思い出す時に身体の不調が出て来るんです。思い出したくないことを思い出すストレスですね。

Q.やはり差別が森川さんの人生に影響してますか?

A. アメリカ留学が私の人生を変えました。社会問題に目覚めたんです。

ワシントンD.C.で黒人差別を見て無意識に自分の幼い頃に重なったんだと思います。乗合バスでは黒人が後ろ側、ドラッグストアでのスナックの給仕は決まって黒人女性といった具合に当たり前のように黒人は差別を受けていました。

ジョージタウンで外国人のための英語コースを受けた時のことです。

「黒人が差別を受けるのは色が黒いからだ。」

とクウェートからの留学生の友人が交際していた黒人の女性が言った言葉が忘れられません。「黒い皮膚の色=マイナス」という、いわば白人側からつくられた差別的価値観が、差別を受ける側にも潜在的に刷り込まれていることに驚きました。

留学の経験から物事を客観的・多角的に見ることを意識するようになりました。

*就職するとき

就職するときにも差別はありました。当時の履歴書には、必ず本籍地を記載する欄がありましたが、私の本籍地は、爆心地から近いところでした。

 

私は英語系の出版社や翻訳関係の事業、会社など専攻と英語力を活かした仕事に就きたいと思っていましたが、なかなか採用に至りませんでした。

筆記や英語の読解・作文・聴解力試験などの一次試験は合格しても、二次試験の面接まで進むと、面接担当者が本籍地を見ながら遠回しに被爆者の家庭(子ども)かどうか聞いてくるんです。

それで卒業まぎわまでなかなか就職が決まらず、結局、新聞の求人広告で見つけ、かんたんに採用してくれた病院に就職しましたがそこがとんでもない病院でした…これは本に書いた通りです。

*郵便局に就職

1970年代、部落差別を象徴するものとして狭山事件などがありましたね。

でも郵便局は、おそらく当時の労働組合が部落問題についてしっかりとした取り組みをしていたおかげで、採用面接で本籍地に関連した質問などをされることもなく私も入れたのだと思いました。部落解放運動は、部落差別だけでなく、あらゆる差別に反対することにつながっており、またその姿勢に貫かれているのだということを肌で実感しました。

許せないものが三つあります。

・差別

・核兵器問題

・原発

だから私は発信しようと思いました。

Q.次の世代に一番伝えたいこと、方法はどうすれば良いと思いますか?

A. 自分の世代だけでは解決できない問題なのはわかってるから、若い世

代に共有してさらに良い解決方法へ導いてくれることを願っています。

 

一番イメージの中にあったのは次世代、若い人を意識しています。

「バトン」です。

そのため、なるべく分かりやすい表現にして、使わなければならない専門用語には注釈をつけています。

とくに被爆三世…次世代、原発被災・避難者のなかでも若い人たちにとっての「核なき未来」への道しるべのなかのひとつのように考えてもらえたらありがたいですね。

具体的にどうしていったら核兵器のない国を築けるのか、自分で考える参考(材料)にしてほしいです。

 

 

■お父さんの言葉

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これは父が亡くなった2011年の後に母が書いた書です。

父が書いた唯一の原爆詩でした。

それをより多くの人に広く伝えたいので場所を探しています。

 

なぜ早く公開したいかというと、一人の被爆者の思いではなく、多くの被爆者に共通する思いが語られていると思うからです。

とくに多くの若い命、小さい子どもたちを助けられなかった後悔や無力感。それが詩のなかにぎゅっと凝縮されています。

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このページを見て展示できる場所に心当たりのある方はご連絡いただけると幸

いです。

 

■お話を聞いて

直接被爆した被爆者はこれまでテレビの特集などで見る機会があったかと思いますが、被爆二世の差別については知らない方が多かったのではないかと思います。原爆だけでなく、現在も苦しみ続けているフクシマや世界の被爆者・二世の方々のことを考えるきっかけになるのではないかと思います。

これまで二世の問題について知ることのなかった方々にぜひ知っていただきたいと思いました。

また、作品展示についても展示希望のある方は以下までご連絡ください。

Email:seishi@mocha.ocn.ne.jp( 森川聖詩)

お話しいただいた森川さん、ありがとうございました!

しの(継承活動に取り組む人々をつなぐPJ)

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2 Comments

  1. お名前 (必須項目)森川聖詩

    素敵な継承ブログ、ありがとうございます。

    ただ、一点、お願いです。
    最下欄の写真が、上下左右が逆(さかさま)になっておりますので、修正いただけたらありがたく存じます。
    お手数をおかけして恐縮でございますが、よろしくお願いいたします。

    • kiokuisan_admin

      森川さんこんにちは!
      この度は取材のご協力ありがとうございました。

      写真の反転にもお気づきいただきありがとうございます。
      只今修正しましたのでご確認いただけますと幸いです。

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