《関連行事》第3回被爆者の声をうけつぐ映画祭2019 から――「シンポジウム 被爆者から受け取ったもの」――

今年も7月13日(土)、14日(日)の両日、武蔵大学江古田キャンパスにおいて、「第13回被爆者の声をうけつぐ映画祭2019」が開催されました(主催:同映画祭実行委員会/武蔵大学永田浩三ゼミ、後援:日本被団協/継承する会/練馬・文化の会)。

映画祭のプログラムの最後には、被団協運動と継承する会の活動を伝えるDVD「声が世界を動かした~ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産の継承センター設立に向けて~」が上映され、これをうけて〔シンポジウム〕被爆者から受け取ったもの が行われました。

永田浩三さん(武蔵大学社会学部教授)の司会によるシンポには、DVDの制作にあたった武蔵大学生2人と、被団協運動史料の整理にあたってきた昭和女子大学生4人(戦後史史料を後世に伝えるプロジェクトメンバー、それに広島で胎内被爆した濱住治郎さん(日本被団協事務局次長)が参加。若い人たちが被爆者(運動とその史料)から受け取ったものを示す発言など、その一端をご紹介しましょう。

○ 映像の取材・編集にあたり、カルチャー・ショックを受けた。正々堂々と厚生省前に座り込む方々の顔つき(写真)が力強く、不正なことを正さなくては、という強い意志を感じた。SNSやツイッターなどですぐに結果を出すよう求められる時代に育った私は、長く活動されている凄みを感じた。

(「被爆者要求調査」などの)アンケートは衝撃的だった。原爆はダメと頭で分かっていたつもりだったが、初めて心でダメだと感じ、頭と体で一致した。(武蔵大4年・男子)

○ ナレーションと(原爆と戦争を裁く模擬法廷の)政府側(代理人)を担当した。国の主張する「受忍」論については、“ふざけんな”という感じ。その時代に広島・長崎に住んでいただけで、その人のせいではなく国のせいなのに、許しがたい。アンケートを拝読し、落とされた人、生き残った人には、一生傷がついてまわる。「受忍しろ」というレベルを超えた被害だと思った。「政府は私たちが死ぬのを待っている」ということばは衝撃的だった。(武蔵大4年・女子)

○ 被団協調査の証言などを読み、一般空襲と原爆の違いを考え、議論してきた。一般空襲の場合、B29が飛来して爆撃を受けるが、アメリカ憎し、などの人間的感情や時間の流れがあった。しかし、原爆の場合は、一瞬にして何が起こったのかも分からなかった。助けることも水をやることもできず、そこには人間的な時間がなかった。時間の経過とともに、罪の意識や怒りの感情が湧いてくる。はじめは個人的だった怒りをまとめあげていったのが日本被団協(の運動)だったのではないだろうか。(昭和女子大2年)

○ 昨年12月の催しで映像作品に出合い、被爆者として力をいただいた。声は世界を動かす、変える。つなげていくことの大切さなど、いろんな気づきをいただいた。

胎内被爆の私は、体験していないことでは、ここにいるみなさんと共通している。胎内被爆とはどういうことかを考えつづけ、生まれる前から被爆者であったことで、原爆に言い知れぬ怒りを覚える。被団協の結成大会の「宣言」から64年の歴史をひきずることの重さを、進行形で感じている。

個々の被爆者の被爆した体験の伝承だけでは、大変でしたね、で終わってしまう。受忍論や抑止論とのたたかい、国家補償の要求など、被団協の運動を含めて伝えていくことが大切だ。継承は幅広く、いろんな形でとらえていくべきで、そのためにも継承センターを早くつくっていきたい。(濱住治郎)

 

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