【つなぐPJ】(東京)3/8(金) 原爆の図第10部《署名》を見よう に参加して〜「被爆三世の葛藤」〜

こんにちは、つなぐPJのしのです!

セシオン杉並で開催された「原爆の図第10部《署名》を見よう」に参加しました。

*「原爆の図第10部《署名》を見よう」(2019/3/4~3/9開催)

共催:原爆の図 第10部《署名》を展示する杉並区民の会・杉並区

後援:杉並区教育委員会、杉並区社会福祉協議会

協力:原爆の図丸木美術館、第五福竜丸展示館

*詳細は https://peace-suginami.org

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みなさんは静岡県焼津の第五福竜丸事件の後、原水爆に反対する人々が行動を起こし多くの署名を集めたのをご存知でしょうか?

「原爆の図第10部《署名》を見よう」ではその当時の資料や様子を表した絵画などが展示されていました。

 

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その署名活動の発端の一つとなったのが日本に落とされた二発の原爆です。一週間ほど開催されたこの展示会では毎日どなたかが原爆で被爆した証言などを語ってくださいます。

この日は松本さん(38歳、広島被爆三世)が壇上で講師を務めました。

 

松本さんのお話:

広島出身の松本浩一さん(38)は広島被爆三世。杉並校友会幹事であり、原爆継承について力を入れて活動されています。

今回は「継承」をテーマにお話をされました。

以下は松本さんのお話です。

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■原爆と私の家族

これからお話することは私自身と、私の家族におよぶ話です。

被爆三世はハッキリいって被爆者のように見た訳でもなくリアルを経験していないので、聞いて自分の中で咀嚼して話すしかありません。

三世だから何を知っているのかと言われる部分があるのかもしれませんが、そうするしかありません。

 

平和教育の大切さ 広島ー東京

私が育った広島では平和教育が日常的にありました。8月6日は必ず登校し、木の下で被爆証言をしたり折り鶴を折ったり、映画を見たりする。

…東京では?

14歳の時に移ってきたましたが東京大空襲などの学習があるかと思っていましたが、それはなく、そのまま時が過ぎたので私自身忘れていました。

 

平和教育がないことが忘れてしまうことの大きな原因になります。

広島では被爆日時を聞いた時7割が答えられたけど、他の地域は3割だったという話があります。

 

杉並光友会との出会い

杉並図書館で手に取った本で光友会を知りました。

平和運動というのは左の活動というイメージがあるかもしれないけど、そうではなく多くの人に知ってもらえる活動だったので参加することにしました。

被爆者の平均年齢が80を超え、どんどん数が減る中、今リアルの声を聞いてほしいと思います。

 

家族の教育

被爆体験をはじめとする戦争体験は心の奥に秘めている人、言いたくない人色々いますが、勇気を持って話すことが大切です。

戦争の記憶といっても加害の記憶、被害の記憶と様々にあります。

戦争が終わっても戦争が続いていることを認識してほしい。

 

祖母が広島で被爆しました。

全身がガンに侵され亡くなる時の姿は凄惨なものでした。印象深いのは祖母の葬儀のとき焼き場で骨が残らなかったことです。ただの粉でした。

祖母以外の人は焼いた後も骨は残っていました。はっきりはしていませんが被爆の影響だったのではないかと思っています。

 

叔父は戦地に行って勲章をもらうほどの功績を挙げましたが、生涯「自分は人殺しである」思い続けました。

戦後漁師になったおじさんは勲章を網の重しに使っていました。「こんなもんにしかならんのじゃ」と言っていたのが印象的です。

 

父親はほとんど学校に通えていません。被爆二世で身体が上手く動かずずっと赤い斑点ができていて病弱だったからです。

小学校の基本的な歌も習ってないから僕が歌っていてもわかりませんでした。

 

原爆は後に残ります。

 

加害にも目を向ける必要があります。

曽祖父は呉の海軍工廠にいました。

若い人を送り出すということは、それを想う家族がいたということです。

その人を送り出したということは、その人の命をなくすために自分が行動したことを反省しなければなりません。

ミュージアムなどに行くといいことしか書いていない場合がありますが、悪いことも沢山あったことを祖父母の話から学びました。

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継承について

継承するために一つ一つ、一人一人語りかけていただきたいです。

今リアルの声をDVDや伝承者が残していますが、見なければ意味がありません。是非アクセスしてください。

 

杉並光友会はセミナーや被爆者を集めて活動していますがこうした活動はどんどん消えていく一方です。

被爆者の平均年齢が80歳を超え、被爆者はどんどん減っているのです。

私たちがどう継承していくのか考えていかないとこうした取り組みはなくなってしまうので、ぜひ考えてほしい。

子供に、近所の方に伝えていくことからが大切だと思います。

教育は大切です。

日本でもっと平和教育というものについて考える必要があると思っています。

平和教育がちゃんと施行されれば戦争を良いという人はいなくなるでしょう。

何より家族でそうしたことについて話すというのが一番大事だと思います。

他人であっても聞くことができる。それを家族で話し合ってほしい。

継承するということは大変難しいことだと思いますが、一つ一つ実現していかなければ平和は実現しないのです。

みんさんの声をあげていただきたいと思います。

 

■お話を聞いて

出だしで松本さんがおっしゃっていた「三世だから何を知っているのかと言われる部分があるのかもしれませんが、そうするしかありません。」という言葉にとても共感しました。

私も広島生まれ、広島育ちの被爆三世です。祖父母が被爆していて、幼い頃から体験を聞いていたのでそれを伝えなければならないという気持ちはありながら、実際に体験していないことをどう相手に伝えるかをこれまでも課題に感じています。

松本さんは今回ご家族の被爆体験ではなく、松本さんご自身が感じた被爆者の家族の一員として彼らがどう見え、何を学んだのかをお話しされ、そんな視点で伝えられるもあるのだなと感心しました。

実際に被爆を体験した語れる被爆者さんは残念ながら残りわずかです。もちろん直接体験者から聞く話が一番心にしみるものだと思いますが、継承するということはそれを覚悟で次世代に伝えて行くということだと今回改めて思いました。

被爆について知りたい方、継承に悩む戦後世代の方も、まずは気になるところに足を向けてみてくださいね、きっと何かプラスになることがあると思います。

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お話いただいた松本さん、ありがとうございました!

しの(つなぐPJ@ノーモアヒバクシャ記憶遺産を継承する会)

*継承活動に取り組む人々をつなぐPJでは各地の継承の取り組みを取材してレポートを寄せてくださるボランティア・ライターを募集しています。募集要項はこちらをご覧ください。

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