【東京】11/10~11 “被爆者に「なる」”をテーマに 昭和女子大学PJが秋桜祭で展示

継承する会の被団協運動史料の整理作業に2013年から協力してきた昭和女子大学の学生たちによる研究プロジェクト「戦後史史料を後世に伝えるプロジェクト~被団協運動史料~」が、昨年11月10日(土)・11日(日)の両日、同大の文化祭「秋桜祭」で、その一端を展示発表しました。

3月から準備活動をはじめたプロジェクトは、5月に新一年生をメンバーに加えて正式にキックオフ(第1回ミーティング)。以降、3年生をリーダーに4班に分かれて、「人物」に焦点をあて、被団協運動史料や体験手記をはじめ、ネットや図書館でも関連資料を収集し読み込みがすすめられて行きました。

プロジェクトとして初めての展示のテーマは「被爆者に『なる』」と決まりました。間に夏休み中の史料整理作業をはさんで、9月に実施した吉田一人さん(長崎被爆、東京・杉並区在住)への聞きとりが大きなきっかけとなり、「原爆を受けたこと=被爆者」ではない、それぞれに被爆者としての気付きの瞬間がある、「被爆者になる」とは「原爆や核兵器問題を自分の問題として考えること」、という気づきが生まれたのです。

展示のおおまかな構成が決まってきた10月から秋桜祭まではほぼ1か月。急ピッチでミーティングを重ね、時には激論を交わしながら展示内容を練り上げていきました(完成までのミーティングは、全体、3年生、各班のものを合わせて30回以上にもなりました)。

秋桜祭当日、教室いっぱいに34枚のパネルが並べられました。冒頭に、「私たちの問いかけ」として、このテーマを選んだ問題意識を掲げ、Ⅰ.被爆者運動の概要、Ⅱ.原爆投下直後に被爆者になった人(行宗一さん、森瀧市郎さん、副島まちさん)、Ⅲ.原爆被害者を見つける運動、Ⅳ.被爆者に「なる」人々(藤平典さん、吉田一人さん)で、それぞれの原爆体験と被爆者として歩み出す軌跡を略年表や被爆地図なども用いながら示しました。さらに、Ⅴ.被爆者とともに歩む人々、では、継承する会の栗原淑江さん(PJのアドバイザー)の歩みや作家・井上ひさしのことばを紹介しながら、原爆を体験していない自分たちも、体験者が原爆に対峙しつつ「被爆者」に「なった」軌跡に学びつつ「心の被爆者」になっていくことができるのではないか、と「継承」へのヒントを見出しています。

2日間の来場者は600人近くにもなりました。

昭和女子大

「「被爆者」が生まれた瞬間、という言葉に驚きました。今まで被爆者は被爆者だと思っていたからです。また被爆者であることを受け入れることが彼等にとってどれほど勇気のいるものだったか考えさせられました」「この展示を見て、初めて「被爆者に『なる』」という視点に気づきました。いかに、今まで自分は「自分で考える」ことをせず、流れるニュースをただ見るだけだったんだな…と思いしらされました」「史料研究を通して、プロジェクトの皆さんが様々な「気付き」「発見」を得られたことがよく分かりました。さらに、これからの課題を自分たちの生き方と結びつけられるといいですね!!ありがとう」など、たくさんの感想が寄せられました。

報道をつうじて展示を知って、原爆資料をもって来場し、学生らと熱心に話し込まれたり、資料の提供を申し出てくださった被爆者の姿も見られました。

取材にきた報道記者は、被爆者運動について何も知らなかった首都圏出身の学生たちがこれだけの研究発表をしたことに、とても驚いていました。でも、参加した学生たちは、被爆者一人一人の人生や人間にふれることをとおして、彼らが直面してきた課題が決して他人ごとでも特殊な問題でもないことを知り、核の時代に生きる者が共有すべき問題として見据え、自ら引き受けることを学んできたのでしょう。

被爆者運動を戦後史に位置づけようとする4年がかりのプロジェクトの初年度は、短時日のうちに大きな達成感をともなう成功をもたらしました。プロジェクトを引っ張ってきた3年生たちは、ひとまず引退することになりますが、卒論でこのテーマにとり組む人も出てきました。秋桜祭から2か月のいま、すでに1年生らが主導して、2年目の聞きとりの準備(対象者への連絡や冬休み中の資料の読み込み)が始まっています。

学生たちの真摯なとりくみは、被爆者運動の価値とその史料を残し伝える継承する会の役割に改めて気づかせてもくれました。2年目以降、彼女らの研究にどのような進展が見られるか、とても楽しみです。

 

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