広島二中・西村利信さんの原爆体験手記をご寄贈いただきました

当時、広島第二中学校二年生だった西村利信さんの原爆体験記が見つかり、その原本と小冊子データが、ご家族の意向でノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会にご寄贈いただけることとなりました。

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小冊子には、二中の故山本信雄先生の次女・小野英子さんが序文を書かれています。そこに、西村さんの原爆体験記が見つかった経緯やいかにその資料が貴重であるかが記されています。

 

B5版の機関誌はガリ版印刷で、ふれればバラバラになるほど劣化し、茶色に変色していましたが、被爆当日のことや、その後の十日あまりのことが、十六ぺージにわたって克明に書かれています。ことに正照さんを探して歩いた当日の爆心地の惨状は目を覆うばかり。私も数多くの被爆手記を読んできましたが、ここまで詳細に書かれたものは少ないのではないかと思います。

さらに特筆すべきは、この手記が原爆投下三年後の一九四八年に書かれたものであることです。一九四五年の敗戦から一九五二年のサンフランシスコ講話条約発効まで、日本は連合国の占領下にあったため、GHQ(連合国最高司令官総司令部)の厳しい統制のもと、原爆に関する報道はいっさい禁じられていました。新聞や雑誌、単行本などすべてが検閲され、没収・廃棄されていたのです。そうした中で西村利信さんの手記が生き残ることができたのは、高校の文芸誌という私的で目立たない存在だったためと思われます。まさに奇跡です。

 

原本に先立ち西村利信さんの「原爆体験記」小冊子データはノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会HPの資料集「ご寄贈いただいた資料」に掲載しています。

こちらからご覧いただけます。

 

また、多くの方々に読んでほしいということで、編集にかかわった俳優・岡崎弥保さんのHPからいつでも見られるようになっています。

こちらから全文が閲覧・印刷できます→http://ohimikazako.wixsite.com/kotonoha/blank-17

ぜひ、たくさんの方々に読んでいただきたいと思います。

ご寄贈ありがとうございました。

 

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