【つなぐPJ】(東京)国境を越え考える平和-なぜ、ヒバクシャを語り継ぐのか―

1月26日、文京シビックホールで行われた講演会「なぜ、ヒバクシャを語り継ぐのか」に参加した。

 

このイベントはアメリカの平和活動家 キャサリン・サリバンさんを招き、開催された。サリバンさんは、NPO「Hibakusha Stories」のプログラム・ディレクターとして、原爆を「投下した」側であるアメリカ人でありながら、広島・長崎の被爆者を母国へ招待し、高校生ら約4万人に被爆体験を聞く場を提供してきた。彼女が所属するNPOは、先日ノーベル平和賞を受賞したNGO「核兵器廃絶国際キャンペーン(通称:ICAN)」の傘下団体。昨年7月の核兵器禁止条約の国連採択にあたり、各国代表らへの働きかけにも尽力してきた。

向かって左から、サリバンさん、通訳のドワイヤーさん、川崎さん、山田さん (「若者に被爆体験を語り継ぐプロジェクト」提供)

向かって左から、サリバンさん、通訳のドワイヤーさん、川崎さん、山田さん
(「若者に被爆体験を語り継ぐプロジェクト」提供)

 

サリバンさんは講演の中で、「(核を)自分に近い個人的なこととして認識すること」の重要性について繰り返し話した。そしてそれを、アメリカでの活動の“ゴール”と掲げている。被爆体験(Hibakusha Stories)は、軍事的抑止論という視点から、「核によって何がもたらされるのか」という人道的な視点にシフトさせる役割を果たし、学生たちに“観念”を疑うという行為をもたらしたと言う。

今回の講演でサリバンさんは「核の傘」の神話性、核攻撃を想定した訓練の矛盾など、緊迫する世界情勢を取り上げた。ベアリング玉を使ったデモンストレーションでは、響き続ける玉の落下音に、聴衆は現存する核弾頭の火力総量を体感することができた。また、ICAN国際運営委員/ピースボート共同代表の川崎哲さんは、核禁止条約採択後の署名・批准の状況などを解説した。私には、こうして自分たちの置かれている現状について問題提起していくことは、核が無関係なことではないと認識するための1つのアプローチだと感じられた。

 

またこの日は、長年活動を共にしている、東京被団協副会長の山田玲子さんも登壇した。サリバンさんは山田さんを紹介する際、こう話した。

「玲子さんをはじめ、被爆者の方々は、想像力を使う必要がありません。被爆者の方々にとって、核兵器の問題は他人事、抽象的な事ではないのです。被爆者の方々が、被爆体験を何度も何度も話すということは、非常に辛いこと、そういう認識を持っていただきたいと思います。」

原爆を知らない私たちは、こうした姿勢で被爆者と向き合うことを忘れてはならないと思う。

 

山田さんは11歳の時、広島の己斐町(爆心地より2.2km~2.7km)・己斐国民学校で被爆。8月6日午前8時、疎開前に校長先生の話を聞くために登校、友達と校庭に集まっていた。夏の暑さのためか、食糧難のためか、何人かの子供たちは気分が悪くなって倒れてしまった。校長先生から「少し休むように」と言われ、砂場で友達数人と座っていた時だった。校庭の中央に残っていた男の子たちが「B29だ!」と空を指差した。見上げると、高い青空に、銀色にきらきらと光るB29がUターンをするところだった。飛行機雲が弧を描き「きれいだな」と思った次の瞬間、何も見えなくなった。広島に原爆が投下されたのだ。

通っていた学校の校庭では、約2300人が荼毘に付されたそうだ。山田さんは「あの死に方は人間の死に方ではありません。そしてあの葬られ方も、人間としての死に方ではなかったと思います。広島の慰霊碑には『安らかに眠って下さい。過ちは繰返しませんから』と書いてありますが、あの時亡くなった人たちが安らかに眠ってらっしゃるとは思えません。」と当時を振り返った。

「戦争や原爆で亡くなった人たちが、安らかに眠れるように。核兵器によってどんなことが起きたのか、今生きている人たちに学んで、記憶して、そして伝えてほしいと思います。核兵器がなくなる日まで、決してあきらめずに伝えてください。私たちと共に、一緒に活動してください。」

山田さんはそう強く訴えた。

 

サリバンさんが繰り返し伝えた「核を個人的なこととして認識すること」。

この難しさは何もアメリカに限ったことではない。日本でも同様のことが言えると思う。戦争・被爆体験のあまりの凄惨さに、フィクションを聞いているような気になる、という声を耳にすることがある。72年という歳月を経て「歴史の教科書に載っている昔話」と認識している人も、少なくないだろう。この認識を変えるのが、アメリカの学生たちの“当たり前”を揺さぶった「Hibakusha Stories」だと思う。被爆者との対話は、様々な気付きをもたらす。私も、これまで被爆者の方々と接する中で、「“被爆者”は決して特別な人ではない」、「普通の生活を送る人々が被害者となった」という思いを強くするようになった。被爆者と自分との共通項に気付くと、原爆は遠い昔の話ではなくなるのではないか。そして、世界の現状も違って見えてくるかもしれない。

核に対する認識が変わること、これが、今ある当たり前の日常を守る転換点になるのではないかと思う。

中尾(継承活動に取り組む人々をつなぐPJ)

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