【つなぐPJ】1/14(土)長崎市 平和への取り組み

被爆地・長崎では現在、長崎市役所が企画・運営し、「被爆者が苦難を乗り越えて語り伝えてきた平和のメッセージを伝えるため」、「核兵器のない未来に向かって世界が手をつないでいくため」※1、様々な活動が行われている。

1月14日、長崎市を訪れた私は、市が取り組んでいる2つの活動を見学させてもらった。

■青少年ピースボランティア

http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/action/youth/volunteer.html

高校生~30歳未満の若い世代を対象に、原爆の実相や平和をテーマにした学習会を開催。そこでの学びを活かし、子供や同世代の人々に平和の大切さを伝えるボランティアを育成している。活動内容は、平和関連行事でのボランティアや県外の若者との交流会など様々。8月に開催される「青少年ピースフォーラム※2では、司会進行や被爆建造物などを巡るフィールドワークのガイドなど、ホスト役を担っている。

私が訪れた日は、学習会「留学生と交流しよう!」が開催されていた。この日のメンバーは高校生から大学生まで16名、そこにゲストとしてアメリカ・タイ・韓国出身の同年代の若者が参加。3グループに分かれて交流会が始まった。プログラムは以下のとおり。

1. グループ内で自己紹介

2. アイスブレイキング(絵しりとり)

  1. ゲスト 自己紹介
  2. ディスカッション(KJ法を用いながら)
  3. メッセージ色紙 交換

 

私も1つのグループに入らせてもらった。絵を用いたしりとりや、ゲストの母国紹介など、どのグループもわいわい言葉を交わしながら、和やかに会は進んだ。

ディスカッションは、ポストイットにそれぞれの考えや思いを書き出し、似たものをグループ化してまとめていった。ディスカッションのテーマが読み上げられる度に、参加者の表情がぐっと引き締まる。

「自分にとって平和な時や楽しい時はどんな時か」

「原爆資料館に行って、どんなことを感じたり思ったりしたか」

「意見が対立した時、自分だったらどうするか」

どのテーマにも、皆、真摯に向き合いながらペンを進め、意見を交わしていく。この過程の中で印象的だったのが、1人1人が常にメンバーへの思いやりと感謝を持って進めていたことだ。話していない人がいれば、声を掛け合い、意見を皆で共有し合う。また留学生の理解しづらい内容の時は、英語を用いながら説明する。自分の意見もしっかり持ちながら、相手の意見も受け入れる。“平和”について考える空間が、まさしく“平和”を体現しているようであった。

最後に「平和や理想の未来を表す一文字」を色紙に書き、その周りにグループのメンバーからメッセージをもらい、学習会は終了した。

“原爆”や“平和”というと堅いイメージがついてまわるが、この会ではそれを感じることは一切なかった。それは若い世代が自分たちで、楽しみながら企画しているのが理由なのではないだろうか。そして、活動を続けていく上で、これが原動力となるのだと思った。

長崎0

 

■家族・交流証言者研修

http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/keisyo/bosyu.html

場所を移動し、今度は「家族・交流証言者研修」の研修会を見学させてもらった。

この取り組みは、被爆者の高齢化により、本人から直接被爆体験を聞く機会が少なくなっていることを受け、平成26年度から始まった。対象となるのは被爆者の家族や交流のある人、継承していく意志のある人。被爆者への聞き取りや原爆についての基礎知識学習、原稿執筆、講話演習などのプログラムを通し、被爆体験を受け継いでいく。様々な研修の後、証言者として被爆者本人に代わり、講演会などの場でその体験や想いを広く伝えていく。“次世代への被爆体験の継承”において、非被爆者が役割を果たしていくことを目指す取り組みである。

この日は、今年度の研修生の参考として、すでに証言者として活動している2人の女性の講話を聞く機会が設けられていた。

お1人目は交流証言者の白鳥純子さん。13歳の時、爆心地から約850mで被爆した吉田勝二さんの体験を継承している。講話に用いるのは、吉田さんの被爆体験を元に中学生が制作した紙芝居。また、活動が始まる前から交流があったというお2人の間に残る思い出話や、生前の吉田さんの想いを伝える白鳥さんの方言混じりの言葉は、聞き手に吉田さんのお人柄がひしひしと伝わるものであった。

もうお1人は、家族証言者の井石昭子さん。お父様の小泉政利さんの体験を継承する。 (井石さんご自身も1歳10ヶ月で被爆しているが記憶にはないとのこと) お父様から受け継いだ被爆体験はもちろん、戦前・戦後の暮らしについてご自身の体験も交えた講話だったので、当時を生き抜いた“人々の生活”というものが身近に感じられた。また実際に軍歌を歌うなど、聞き手が想像しやすいよう、様々な材料を与えてくれる講話であった。

(なお、お2人の講話は長崎市のHPで動画が配信されているので、ぜひ視聴してみてほしい。3

講話が終わった後は、研修生がお2人を囲み、質問や感想を交わしていた。研修生同士の横のつながりはもちろん、証言者と研修生の縦のつながりもしっかり構築された活動なのだという印象を受けた。

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■まとめ

取材の合間に参加者に話を聞いてみた。活動を始めたきっかけややりがい、目標について話す姿は、皆、いきいきとしていた。このような参加者の積極性の高さ、想いの強さ、加えて“若い世代から戦争体験者まで”という幅の広さは、これからの活動の広がりを期待させるものであった。

また長崎市は、昨年から「ぴーすとーくカフェ4」という企画を開始した。カフェなどのオープンな場で、気軽に楽しく平和について話そうという、関心や知識の有無を問わず参加できるものとなっている。このように“原爆”や“平和”への堅いイメージを払拭し、身近なテーマとして提供していくことは、今後の継承活動へもプラスとなっていくだろうと思う。

「継承活動は一過性のものでもなく、一部の人々で作り上げていくものでもない」

そんな長崎市の姿勢を感じた取材であった。

 中尾(継承活動に取り組む人々をつなぐPJ)

 【注釈】

※1:HP「長崎市平和・原爆」トップページより一部抜粋 (http://nagasakipeace.jp/index.html

※2:全国の平和使節団と長崎で活動するピースボランティアのメンバーなどが長崎に集い、共に被爆の実相や平和について学び、交流する取り組み。

http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/action/youth/forum.html

※3:証言者の講話は下記HPより、一部視聴可能。

http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/keisyo/profile.html

※4:ぴーすとーくカフェHP

http://nagasakipeace.jp/japanese/peace/action/peacetalk/201612.html

 

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