【つなぐPJ】(東京)「被爆者の声を受け継ぐ映画祭2016」に参加して

7月16日(土)~18日(月)の3日間、武蔵大学江古田キャンパスにて、「被爆者の声をうけつぐ映画祭2016」が開催された。この映画祭は、日本被団協50周年をきっかけに企画され、2007年に第1回が開催。今回で10回目を迎える。

7月17日(日)、2つのプログラムに参加してきた。

プログラム①

【映画:青葉学園物語(1981) 監督:大澤豊、制作:映像企画】

広島の戦争孤児たちが暮らす、児童擁護施設 青葉学園を舞台にした作品。自然豊かな施設でのびのびと生活する子供たちだが、消えることのない戦争の記憶を抱える。ある日、大切な家族を失った老夫婦に出会った子供たちは、ある驚きの行動に・・・。

【トーク:神奈川県原爆被災協 清水信雄さん(広島で被爆)】

2歳5ヶ月の時、爆心地から約2kmの地点で被爆。清水さんをおんぶしていた父親は即死。父親がかげとなったことで、清水さんは助かったが、顔・左脇の下にやけどを負った。

定年するまで、被爆体験を語ることはなかったが、“2歳の小さな子供が覚えているほど恐ろしい体験だった”ということを伝えたいと思い、語り部としての活動をしている。

プログラム②

【映画:さくら隊散る(1988) 監督:新藤兼人、制作:近代映画協会・天恩山五百羅漢寺】

広島巡演中に爆心地近くで被爆、隊員9名が非業の死を遂げた、移動演劇隊「櫻隊」を取り上げた作品。関係者の証言を織り込みながら、櫻隊殉難を忠実に再現する。

【トーク:俳優・朗読家 山崎勢津子】

『青葉学園物語』の中で老人が子供たちに向かって、家族を失い、辛くて死んでしまいたかったが、“生きる”ことを選んだ理由をこのように話す。

“自分まで死んでしまったら、誰が原爆で亡くなった人たちのことを思い出すのか”

戦後を生き抜いてきた被爆者。その多くがこのような思いを抱き、生きてきたのではないだろうか。原爆で尊い命を失った人々、彼らの思いを次の世代に受け継いでいくため、自身の体験を語るのではないだろうか。

被爆者の高齢化は進み、現在、その平均年齢は80歳を超えている。彼らの“生の声”を聞くことができる、その時間もだんだんと短くなっているのだ。被爆者の声に耳を傾け、その思いを次世代が受け継いでいくことが急務であると感じた。

また、私が訪れた日、来場した人々の中に若者の姿は見えなかった。“戦争を知らない世代”がこうした場に足を運ぶには、そして、被爆体験継承の担い手となるには、どのように働きかけていけばよいのだろうか。こうした、今後の課題も感じられる映画祭であった。

 中尾(継承活動に取り組む人々をつなぐPJ)

*「継承活動に取り組む人々をつなぐプロジェクト」についてはこちらをご参照ください。

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