【首都圏】6月~被爆70年「被爆者として言い残したいこと」~首都圏で追加の聞きとり始まる

 日本被団協と継承する会は、昨夏に行った「被爆者として言い残したいこと」調査の回答者のうち、さらに詳しい追加の調査に応じてもよいと答えてくださった方々への聞きとりを計画しています。5月21日(土)に調査協力者と首都圏各被団協関係者による追加調査の趣旨・内容の説明を兼ねた打ち合わせ、また6月25日()にはその詳細をつめる作業グループと協力者の打合せをし、以下の点について申し合わせました。

 ① 聞きとりグループの名称は、“「被爆者として言い残したいこと」を聞くプロジェクト”とする。

 ② イ.被爆者の時空を超えた原爆被害と生き方を全体としてお聞きするために、簡潔な聞きとり票と聞きとり項目の一覧をつくる、ロ. 聞きとりへの参加を呼びかけるチラシ、ハ. 前後も含めた具体的な段取りを記した実施要領、を作成する。

 ③ まずはいくつかの地域から数人の対象者をリストアップし、聞く側も経験者と初心者、地域の顔見知りの人など2、3人を組み合わせて行うようにする。

 6月3日には、首都圏における第1回目のとりくみとして、里見香世子さん(千葉)への聞きとりを行いました(4人が参加)。

 広島の牛田の家にいたお母さんの胎内で被爆した里見さんは、「当時生れていなかった自分は原爆とは何の縁もないはず」でした。それなのに「被爆者」の一人とさせられた。原爆で亡くなった女学生だった姉、その遺体を捜すこともできなかったことを終生悔やんでいた父、ケロイドのためいじめられ心にも傷を負って生きてきたすぐ上の姉、4歳になった自分らを残して亡くなった母…。生きる力を喪いそうな自身と家族の苦しみに直面しながらも、それは「なぜ?」と問い、答を求めつづけて生きてきました。

 その過程をていねいに語って下さった里見さんの、若い人たちに向けたことば、「過去にどんなことがあったか、きちんと学ばないと、目指す未来は見えてこない」は、お話を聞いた私たちにとって、忘れられないことばとなりました。

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