【東京】4/23(土)被爆者運動から学び合う学習懇談会 シリーズ3「原爆は人間として受忍できない=被爆40年“原爆被害者調査”ストーリー=」を開催しました

■ シリーズ3「原爆は人間として受忍できない=被爆40年“原爆被害者調査”ストーリー=」

日 時:2016年4月23日(土)13:30~16:30

場 所:立教大学池袋キャンパス 10号館1階 Ⅹ102教室

問題提起者:濱谷 正晴氏(一橋大学名誉教授・社会調査論)

参加者:34人(うち被爆者12人、院生・学生ら若い人たちも多く参加)

 

【概 要】

日本被団協が被爆40年目に全国1万3千人余を対象に行った「原爆被害者調査」をテーマに、専門家としてこの調査の企画・分析にあたられた濱谷正晴さん(一橋大学名誉教授)から問題提起をしていただきました。

85年調査の背景には、基本懇の打ち出した原爆被害「受忍論」(1980)があり、調査の目的は、これと「原爆被害者の基本要求」(1984)との争点=原爆被害が人間として「受忍」しうるものなのかどうか=に事実で決着をつけること、におかれました。そのために、既存の諸調査の経験や企画部会での討議、代表者会議等でのパイロット調査を重ねながら、苦悩としての原爆体験にあえて分け入っていく調査票がつくられていきました。濱谷さんは、個々の被害事実が(そのままではなく)「つらかったこと」と自覚されてはじめて、〈生きる意欲の喪失〉に、また、〈生きる支え〉がその貫徹をゆるさない抵抗につながることをおさえて、調査票が完成されていく過程を明らかにしました。

1万3千人余りというかつてない規模で行われた調査の結果は、被団協によって『「あの日」の証言』Ⅰ・Ⅱ、『被爆者の死』Ⅰ・Ⅱの計4冊の証言集をはじめ調査報告書、パンフレットなどにまとめられましたが、その後も石田、濱谷両氏によって分析作業がつづけられました。「地獄の復元―『あの日の証言』分析ノート―」「被爆者の死と生―〈原爆〉の反人間性―」などを著し1500余表の統計集を完成させた故・石田忠先生(一橋大学名誉教授)の証言と統計分析のエッセンスを、生前の講演映像で紹介。

「これだけの犠牲、死者に対する戦争責任者の責任はどうなっているのか。被爆者(被爆死した者)として、責任の追及をつづけたい。私は援護法の制定をまず第一に努力したい」。それがあの日助けることのできなかった死者に対する、自分のせめてもの慰霊、鎮魂なんだ、と語る被爆者たちの証言を紹介しながら、“私たちがこうなったのは、国が戦争をやったから。だから国はその責任にもとづいて補償してほしい、というのが国家補償だ。国の戦争責任が確立されると、戦争をやった場合には政治指導者の責任が問われることになる。憲法9条が実質的に生きてきて、日本の政治家は戦争ができなくなる…。憲法9条を変え、戦争を想定する人たちにとっては、〈国の戦争責任を認める〉と法律で定めることは不可能。原爆被爆者に対する対策をみていくと、わが国の統治者が戦争をどう考えているかがはっきり分かるのではないか」と語る映像は圧巻でした。

濱谷さんは最後に、94年に現行の「原爆被爆者に対する援護に関する法律」が制定されたが、今なおこの調査が目的とした「受忍」政策をはねのけるにはいたっていない。それはなぜなのか、どうすればよいのか、この学習会シリーズをつうじて解き明かすことができたらと思う、と結びました。

当日配布資料: 2016-04-23 レジュメ(PDF

 

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